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自分が40代になったことが信じられない40代のために!

【書評】狐憑 中島敦 ★★★★★ 文字という魔法


 

 

 

まだ文字というものができる前のスキュティア人(スキタイ)の話。
本当に短い数ページの作品なのだけど、創作と言うものが人間の本能に基づいたものであって、当然のことながら文字ができる前より早くに始まり、しかし記録にも残らず忘れ去られた詩人が大勢いたであろう事実に自分の足元がなくなってしまったような感覚を覚える。

自分が思うこの本の主題は二つ。
一つは「狐憑」。見たことのないものについて語るその姿は古代の人達にとって何かが憑いたとしか思えなかったかもしれない。しかしそのうちのいくつかは人間の想像力が作ったものであり、創作は人間の本能のひとつであって、きっと中島敦本人もこのシャクと同じような人間であること。
もう一つは、その想像力をもって語ったことも、また語ったその人も「文字」と言う魔法がなければ存在しないのと同じであるということ。

この話自体は全くの創作なのだろうが、シャクのような人物は実際にいたのだろう。しかし文字ができるよりもっと昔の人物のほとんど忘れ去られている。いや、忘れ去られているというよりも「存在しない」と言う方が正しいのかもしれない。中島敦の代表作の一つである「文字禍」ではやはり文字に記録されていないことは存在していないということではないかと悩む老博士の苦悩が書かれている。

 

 


では文字、すなわち「記録」がないものは存在しなかったのだろうか。
全ての人は生きている間だけ存在していて、自分が死に、自分のことを知っている人がすべて死んでしまった後はもう存在しないのだろうか。
自分と言う存在が「文字」と言う魔法のようなものによってのみ存在していることに気づいた瞬間に何とも言えない不安感を覚える。

旧仮名遣いで読みにくいのは事実だが、若い人にぜひ読んで欲しい。