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kohidekazu's blog 買ってみた。使ってみた。読んでみた。

自分が40代になったことが信じられない40代のために!

【キングダム】呂不韋と政(始皇帝)は親子?荘襄王は?【考察】


 

キングダム 40 (ヤングジャンプコミックス)

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キンドル版はちょうど1冊分遅れか。

何やってんだ!集英社

 

さて、今回のタイトル「呂不韋と政は親子?」です。

キングダム38巻にも書かれていますが、政の母親である太后呂不韋はもともと男女の関係にありました。それもまだ邯鄲で踊り子だった時からの付き合いです。その時点では政の父親である荘襄王の存在はうかがえず、野望を持った一商人と邯鄲の美姫の恋愛のようです。

 

となると、政の父親である荘襄王太后はどこでいつ知り合ったのでしょう。

そもそも、荘襄王ってどんな人なのでしょうか。

 

荘襄王 (秦) - Wikipedia

 

曽祖父である昭襄王はあれだけクローズアップされているのに、その子である孝文王、その孫である荘襄王についてはほとんど名前も出てきていません。

(政にとって昭襄王は祖父じゃなくて、曽祖父)

 

孝文王はその在位が1年、荘襄王は3年しかなく、昭襄王が白起・魏冄・范雎を用いその在位期間55年の間に幾度と無く勝利を収めたのに比べると非常に影が薄い王です。

 

昭襄王(とおまけの孝文王)については後日にするとして、政の父親である荘襄王ですが、なかなかの苦労人です。

 

父親である孝文王には子が多く、荘襄王は幼少時より趙に人質として預けられていました。その時の諱は「異人」、後に秦に帰国してよりは「子楚」(養母となった人が楚人なので)。諱が変わるのってあんまり聞いたことないですな。異人ってのもひどい名前のような・・・。

 

kohidekazu.hatenablog.com

 

それに目をつけたのが、野望に燃える若き商人、呂不韋です。呂不韋は邯鄲で異人を見つけると

「奇貨居くべし」

と言いました。意味的には「これは珍しい財宝だ。手に入れよう」とかそんな感じでしょうか。

呂不韋は異人を将来の秦の王とすべくお金を使いまくります。まずは趙での評判を上げるため、パーティーを開いたり贈り物をしたり、秦ではまだ王子のひとりであった孝文王の愛妾にとりいって、異人を養子にしてもらったり(趙でこんなに評判の公子があなたのこと慕ってますよ?とかいいつつ)。そのほか邯鄲をぬけ出す際に町の門番にお金を渡したり。

このときの呂不韋の投資がなければ、異人が子楚になりそして荘襄王になることはなかったでしょう。ひいては政が始皇帝となることもなく、戦国時代が長引いていたかもしれません。

 

そして、呂不韋が異人に対し投資を続けていたある日、呂不韋はその愛人を異人に紹介しました。踊り子というかまあお酒の席にいるような女性だったらしいのでたぶん宴会とかなのかな。

異人は「あの女をくれ」と言い出し、呂不韋は了承しました。その時には既にお腹に赤ちゃんがいたという説があり、それが後の政だと言われています。政のその後についてはキングダム・・・でとりあえず。

 

この説は史記にも記載されていて、それなりに当時から流布していた噂であったようです。もっとも史記前漢時代に作られたものであり、前王朝のことはけなすのが当たり前なのでどこまで本当かは不明。

また、キングダムでもおなじみ春申君にも似たような話があります。

 

春申君 - Wikipedia

 

春申君の子どもがお腹にいる女性を楚王考烈王に差し出し、生まれた子が幽王になったとか。

 

日本では同じような話が白河法皇平清盛の間にもあり、女性がもののようにに扱われていた時代にはよくあることだったのでしょうか。

もしくはその逆で、春申君の話が先にあって、それが始皇帝の話だとされたり平清盛の話だとされたりと、ひとつのモデルケースがあちこちで転用されたのかもしれないし。

これは2000年以上昔のことで現代ではもう確かめるすべはないでしょう。産まれるまでの日数とかで呂不韋の子どもではない、という説のほうが大勢を占めているようですが、後宮に宦官と偽って男を引き入れるような女性ですしねえ。呂不韋と切れてないこともあるだろうし。ひょっとして呂不韋の骨と始皇帝の骨が見つかればDNA鑑定とかできるのかな。

 

キングダムでは、呂不韋は政を廃し、自分が秦の王位につくことを計画しているようですが、それはどうだろーってのが個人的な意見。もし呂不韋が政を自分の子供だと認識していたとすれば、自分の子供が秦王として成功するのを好ましく見ていただろうし。

 

なによりこの当時、秦は周代から500年以上続く国家であり、昭襄王の時代には西帝を名乗るほどの強国。ついこの前まで商人をやっていた男が王になれるとは思えない。普がその家臣たちにより韓・魏・趙の三国に分裂した事はあったけれど、それは有力家臣による政治が続いた後の分裂であるし。

 

一番ありえるパターンとしては、政を傀儡として扱い、将来的に呂不韋の子や孫の時代に禅譲させるとかかなぁ。それもどうにも三国志っぽいけど。

実際には政によって戦国時代は終わりを告げたのですが、当時を生きている人間にとっては戦国がまだ続くと思っていたのではないかな。

 

このへんのお話は、毎度の横山光輝史記にも乗ってますし、もっと詳しく読みたいのなら

 

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)

 

 

 

この宮城谷昌光の「奇貨居くべし」をぜひ。全5冊でkindle版はない(2015/09/24)ようです。

呂不韋の生い立ちからその最後まで。