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kohidekazu's blog 買ってみた。使ってみた。読んでみた。

自分が40代になったことが信じられない40代のために!

【書評】舟を編む 三浦しをん ★★★☆☆ 【本屋大賞】浅い・・

★★★☆☆ 【書評】 【本屋大賞】

 ネタバレ注意

 

 

 

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

 

 2012年本屋大賞 大賞受賞 

 出版社の営業部員・馬締光也(まじめみつや)は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書「大渡海(だいとかい)」の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作! 馬締の恋文全文(?)収録! 

 

まず、「舟を編む」というタイトルはとても良いと思う。辞書の編纂を「編む」と呼ぶのは、一つ一つを丁寧に長い時間をかけて編纂しているのが伝わってきて、それがこの本を買うきっかけになった。

 

そして全編読み終えて思うのは。

 

表面的。

 

仕事も、恋愛も、人物も、生死も、すべてにおいて表面的。

 

・仕事

 語句の一つ一つに注意をはらい、常に語句採集カードを持ち歩き、情熱を持っているんだな、と思わせる場面はあった。しかし実際の仕事において同様の労力はほとんどの方が払われているのではないだろうか。残念ながら「ちょっと特殊な業務」にしか思えなかった。それを何十年も継続することが辞書編纂のなによりの特異性だと思うのだが10数年時間が飛んでしまったためにそれを感じられなかった。

 

・恋愛

 恋文の返答をもらうために、馬締が声をかける場面。ここを読んだ時に思ったのが「ああ、間違いなく女性が書いてるな。」だった。少女漫画的、というわけではないが、男性(馬締)の性格がいかにも「女性が思う不器用な男性」であった。例えば昔「ぶりっこ」というのがあり、当時の松田聖子ファンはテレビで受け答える松田聖子はそのままの性格だと信じていた。実際にはそんなはずはないのだが、異性に対して持っている自分の過大なイメージを、事実だと思い込んでしまうのはよくあることで、でも同性からすると「そんな奴はいねぇ」となってしまう。馬締とカグヤの恋愛についてもなんだか同様のものを感じてしまった。すごく作り話っぽい。

 

・人物、生死

 不要な人物が多い。

荒木さんと西岡さん、まとめたほうがいい。荒木さん最初こそ主役級の活躍を見せるもののあきらかに途中から出番なし。逆に西岡さん、最初こそ不要だったのに出て行く時だけ輝いた。この二人は一人でよかったんじゃ?

佐々木さん・・・なんの必要が?

岸辺さんの必然性は?なぜこの人が辞書部に?馬締の後任を期待される人が来るべきでは?製紙屋さんとの恋愛パートのためだけ?辞書編纂に対する一般人の感覚については西岡さんでやったんじゃ?

あと、ここで馬締に続く人物が出ることで、辞書編纂事業のバトンがつながり、永続的に終わらない事業であることが表現できると思うけどな。荒木さんから馬締に、馬締から新しい人に。

岸部さんじゃちょっと理由がわからない。

松本先生、この人が一番の問題。物語の最後は松本先生の死と「大渡海」の発行で締めくくられるわけですが、読者にとって松本先生に思い入れがない。だって登場回数少ないんだもん。特記されるようなエピソードはなく、ご年齢的にも亡くなられて不思議はなく、時々出てきては語句採集して食事するだけ。登場人物にとっては数十年のお付き合いだったのだろうが、読者にとっては数十行のお付き合いであった。亡くなられたのが2月半ば、発刊に間に合わなかったと馬締は嘆くが、辞書なんだから3月発刊は動かないのでは。

 

・全般

 amazonのレビューを見ても批判的な意見が多いように思う。何というか、表面的だ。絵に描いた餅とはこういう時に使う言葉ではないが、この作品に関してはこの言葉が似合う。立体的ではない、奥行きが無い。ぱっと見上手にかけているが、本物ではない。

残念ながら今回も「本屋大賞、信用出来ない」結果となってしまった。

本屋大賞、やっぱり装丁と設定だけで決めてないか?読んでるか?